神戸連続児童殺傷事件

1997年に兵庫県の神戸市で、当時14歳の中学生、通称『少年A』が起こしたこの事件は、日本の少年犯罪史上類を見ないような残酷な殺害方法が用いられていたため、日本中に大きな衝撃をもたらしただけではなく、少年法が改正されるきっかけをも作りました。

2月から逮捕される6月までに、少年Aは5名の小学生をナイフやハンマーなどの凶器を使い襲っており、結果的に2名を殺害し3名に重軽傷を負わせています。
犠牲者の中には、弟の同級生で少年Aとも面識のある小学5年生も含まれており、彼は男児を山に連れ込み絞殺した後に、死体をアンテナ施設に隠しているのですが、彼はただの殺人では飽き足らず、殺害後
「人間の首を切り落としたい」
という欲求にかられ、後日再び山に向かうと、万引きしたノコギリを使い、男児の頭を切断するという凶行に及びました。
しかもその際、目が気に入らないという理由で男児の両目をナイフで突き刺し、加えて口から耳に向かって意味もなく切り裂くのですが、その後彼は、時間の経過とともに死体がどのように変化するのかが気になり、現場から頭部だけを持ち去ると、近くの池に立ち寄って頭部をその場に隠します。
ですが、程なくして男児が行方不明として扱われ、大規模な公開捜査が開始されたため、少年Aは頭部を回収し家に持ち帰ると、殺害現場の特定を防ぐため、土や木の葉などを風呂場で洗い流したそうです。
その後、捜査を撹乱させるために少年Aは偽の犯人像を作り出し、その人物になりきり​「人殺しが愉快でたまらない」​といった警察を挑発するような内容の犯行声明文を書くと、それを男児の口にくわえさせ、自身が通っていた中学校の正門に頭部を遺棄します。
当然これはすぐに発見されるのですが、その手紙には
「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」
という人名らしきものが書かれていたため、のちにマスコミは「酒鬼薔薇事件」と大きく報道します。
また、事件発生当初は中学生がこれほど残虐な犯行に及んだとは考えられていなかったため、「30〜40代の男性」が犯人だと目されていたそうです。
しかし、これに気を良くした少年Aは、地元の新聞社に「挑戦状」と題した第二の犯行声明文を送るのですが、この声明文は筆跡鑑定に回されることになり、その結果少年Aが書いた作文と筆跡がよく似ているということが判明しました。
ですが、確たる証拠がなく、逮捕状が請求できなかったため、警察は6月28日の朝に少年Aの家を訪れ、任意同行に応じた少年Aは当初、犯行を否認していたのですが、その後警察から、「筆跡が一致した」ということを告げられると、少年Aはその場で泣き崩れ、犯行を認めたことで逮捕されることとなりました。
また、この事件は14歳の中学生が犯行に及んだということもあり、日本だけではなく世界中のメディアで大きく取り上げられるほどでした。