goo

未解決

【1分でわかる未解決事件】未だ犯人が捕まっていない世界の犯罪史上まれにみる凶悪殺人事件

ゾディアック事件

アメリカで発生した連続殺人事件であり、現在も継続捜査中の未解決事件になります。
事件名にもなっている「ゾディアック」とは、もともと英語で「黄道帯」を意味する言葉なのですが、犯人が声明文の中で、「私はゾディアックだ」と発したことが由来となっています。
そのためマスコミなどで、「劇場型犯罪」として取り上げられ、1968年から1974年にかけてカリフォルニア州で若いカップルを中心に確認されただけでも、5名が拳銃で殺害されました。
また、「劇場型犯罪」と言われるだけあって、警察署やマスコミに犯人しか知りえないような情報を流していたとされており、実際に犯人に指示された場所に警察が駆けつけてみると、被害者の遺体を見つけたこともありました。
また殺害したタクシードライバーの血がついたTシャツを新聞社に送るなどの不気味な行動も多く、犯人はテレビ局に電話取材を持ちかけることもありました。
ちなみに犯人は
「今までに37人を殺害した。
大々的に取り上げなければもっと大きな事件を起こす」
というなかば脅迫的な内容の手紙を新聞社に送っています。
ですが、この手紙を最後にゾディアック関連と思われる殺人事件は起きなくなります。

こういった理由から、彼は多くの人に注目されることで快感を得る異常殺人者なのではないかと言われています。

【短編】1分でわかる未解決事件,マレーシア航空370便墜落事故

マレーシア航空370便墜落事故


2014年3月8日マレーシアのクアラルンプールと中国の北京を結ぶ定期旅客便である、マレーシア航空370便がインド洋周辺海域で消息を絶ってしまう。
この事故が発覚したことにより、マレーシア政府はイギリス、ベトナムと協力し、370便の捜索を開始するのですが、結局370便の手がかりとなるような物を一つも見つけられず、その消息は不明のままでした。
その後、約2週間後の3月24日にマレーシア政府は370便を墜落認定し、「本機に搭乗していた239名は全員死亡した」との発表をしました。

また、事故の翌年である2015年7月29日、370便のものと思われる機体の一部の残骸が発見されたため、大規模な海底調査が行われました。
ですが、事故の原因究明につながるフライトレコーダーやブラックボックス、乗客や乗務員の遺体すら見つけることはできませんでした。
そして、370便の事故調査は、2017年1月に打ち切られてしまいます。

そんなマレーシア航空370便墜落事故の不審な点をいくつか考察していきたいと思います。
不審点①

"マレーシア政府が行った370便の乗員乗客の死亡認定の速さ"

死亡認定まで事故から2週間ちょっとしか経っていないうえに、死亡認定の段階では、まだ機体の残骸は見つかっておらず、このマレーシア政府の早すぎる結論に不信感を抱く人が多く現れ、中国では遺族らによる大々的なデモがマレーシア大使館の前で行われるほどでした。

そのことを踏まえるとまるでマレーシア政府が何かを隠すために事故を迅速に収束させようとしているかのようにも思えます。

不審点②

"インド洋周辺海域で見つかった機体の残骸"

現在までに370便のものと思われる機体の残骸が多数、インド洋の周辺海域から見つかっているのですが、これらの残骸を370便の物と断定することは出来ていないそうです。
しかも、機体の大部分は未だに行方不明なため、370便が最後にレーダーで確認された、南シナ海を本当の墜落地点だと考える人も少なくないのですが、不自然なことに南シナ海での捜索は早々に打ち切られているのです。

不審点③
"370便が抱えていた問題"

実は370便は事故を起こす半年前、上海の空港で、他の旅客機との接触事故により、翼を破損するという事故を起こしています。
事故後に翼は修理され370便は運行を再開したのですが、もしこの修理が不完全な状態だったら、370便の事故は私たちが想像するよりも闇が深いかもしれません…
陰謀説と考察
370便の事故の陰謀論については、パイロット自身がハイジャックした説、ロスチャイルド陰謀説、エイリアンがハイジャックした説、消えた航空機が月で発見された説、また、今年に入ってからは、某国資産家による暗殺説など、様々ありますが、結局のところ真相は闇の中です。


【短編】1分でわかる未解決事件,ディアトロフ峠事件

ディアトロフ峠事件

5005

ディアトロフ峠事件は1959年にソビエト連邦、現在のロシアで発生した世界的にも有名な未解決事件になります。
この事件は雪山でスノートレッキングを楽しんでいた若者9人が死んでしまうという、痛ましい事件なのですが、その直接的な死因に不審な点が数多く存在するというのです。
というのも、現場に残されていたテントがなぜか内側から破られており、そして発見された遺体の中には、舌や眼球が欠損したものや、放射能に被曝した者がいたのです。
テント内で一体何があったのか?
そして当時のソ連政府は、自然現象では説明がつかないことが起きているにもかかわらず、雪崩での事故死と結論づけ、捜査もたったの4週間で打ち切られてしまいました。
そのため、事件の原因は60年以上たった今でも判明しておらず、そういった経緯から、様々な憶測や陰謀論が生まれました。
なかでも、もっとも有力視されてるのが、軍が事件に関与していたもの。
陰謀論としてはありきたりな説なのですが、かつて事件現場付近では、ミサイル実験が極秘で行われており、当日にも奇妙な光が目撃されているそうです。
また、後に遺品を回収しに行った者が、軍用のブーツを見つけたなんて話もあります。
あとは、「雪男に襲われた」なんて説もあるそうです。

【閲覧注意】【短編】南京リッパー事件

南京リッパー事件IMG_0807


1990年代、中国・南京で極めて残虐な殺人事件が起きた。
女子大生が殺害され、遺体が2千もの断片に切り刻まれた状態で見つかったのである。
しかし、犯人は捕まっておらず、いまだ警察の捜査が続いているという。

日本ではほとんど知られていないこの事件が発生したのは1996年1月10日。
南京大学の女性、愛青さんが大学近くの寮から姿を消した。
この日の夜、部屋で友人と夕食をとった後、大学の近くの青島路という場所で赤いコートを着た姿を目撃されて以降、彼女の足取りはプッツリ途絶えてしまう。

1月19日の朝になり、南京市の繁華街・新街口周辺で、清掃業者が肉片のつまった袋を発見した。
中身を確認すると、3本の人間の指が。
通報を受けた警察が調べたところ、袋やベッドシートに包まれた肉片が街の周辺から次々と見つかり、さらには近郊の龍王山で愛青さんの頭部も見つかる。
愛青さんは全部で2千個以上の肉片に切り刻まれていたのである。
検死により、よりおぞましい事実が発覚する。
肉片は鋭いナイフで切り分けられ、しかも調理したかのように加熱された状態だったことが判明。
また、死亡したのは1月14日ごろとみられ、遺体からは犯人の手がかりはほとんど見つからなかった。
警察はこの以上な殺人事件に大量の人員を投入して捜査に当たったが、容疑者どころか愛青さんの足取りすらほとんど分からずじまい。
犯人につながる唯一の遺留物は肉片が入っていた袋(青いデニム製のバックパックと『桂林山水』などの文字の入った袋)も成果は得られず、犯人が遺体を、二千以上に切り分けた手口から医学や解剖学に詳しいものではないかと疑われたが、その線からも犯人にはたどり着けなかった。

この事件は中国では有名で、イギリスの"ジャックザリッパー事件"になぞられ現地では「南京リッパー事件」と呼ばれているそうだ。
ちなみに、ネット上では、事件が未解決なのは政府の高官が関わっているためなどと様々な噂が流れているが、証拠は一切ない。

【短編】1分でわかる未解決事件,千葉・女子中学生誘拐事件

深夜のパトロールと称し美少女を連れ去った中年男

千葉・女子中学生誘拐事件

  • 近所でも評判の美少女だった佐久間奈々さんが、1991年10月27日午前0時過ぎ、同級生4人とコンビニで買い物した帰り道、身長155センチほどの小柄な中年男に呼び止められた
  • 男は夜間パトロールをしている指導員となのり、「こんな夜中に子供たちだけで出歩いちゃダメじゃないか」と威圧した
  • 男は奈々さん以外の同級生を帰るように言い、彼女だけを脇の細い道の方へ連れ去った
  • 現場は民家が点在しているが、夜になると人気がなくなる寂しい場所だった
  • その日の午前1時ごろ、通りかかった車の運転手が奈々さんと男の姿を目撃
  • そのあとも住宅地を午前4時ごろ、2人が歩いていたという目撃証言も出たが、それ以降、奈々さんの足取りはぷっつりと途絶えてしまう
奈々さんを連れ去った男は、その後どこへ消えたのか、時間からすでに29年の歳月が過ぎ、彼女は42歳になる。
今も千葉県警のホームページには情報提供を求めるポスターがアップされているが、奈々さんだけが当時の姿のまま、どこか悲しげな表情でこちらを見つめている。
タグ絞り込み検索
スポンサードリンク
お問い合わせ