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暗い日曜日

【音楽の殺し屋】「ロシェフ・ゲーム」

音楽の殺し屋

ロシェフ・ゲーム


第二次世界大戦中、ユダヤ人がナチスドイツにって迫害され、多くのユダヤ人が命を落としていた時代、ユダヤ人でありバイオリンの名手だった「ロシェフ・ゲーム」はバイオリンの腕を買われ、強制収容所に送られることを免除され、なんとか迫害を免れることができていました。
ロシェフはナチス軍の親衛隊づけのバイオリン奏者として、若いナチス親衛隊に向けた演奏を定期的に行なっておりました。
しかしある時から隊員の中から以上な数の自殺者が出始めます。
他の隊員の話によると、酒場で酒を飲んでいて、突然フラフラと外へ出ていって、拳銃で自殺するとのこと。
このことについて調査したところ、ロシェフが演奏会のたびに、暗い日曜日を演奏しており、ユダヤ人迫害行為や戦争に対しまだ慣れきっていない若い兵士の精神に揺さぶりをかけ、自殺に追い込んでいたことが判明しました。
これにより、ロシェフは死刑を宣告されることになりました。
史上唯一の音楽を使った暗殺者、ロシェフ・ゲームは死の間際に
「音楽すらもユダヤの怒りだと知るがいい」
「君たちの命は僕の指先だけで操られていたということを忘れるな」
という言葉を残し死んでいったといいます。

【自殺の歌】ブダペストの悲劇

絶対聴いてはいけない自殺の歌

ブダペストの悲劇

1939年2月、ハンガリーの首都ブダペストで、ブダペスト市警が靴屋の主人であるジョセフ・ケラーの死亡現場を調査中に奇妙な遺書を発見しました。
自殺したケラーが書き残した、その走り書きの様な遺書にはとある歌の一節が引用されていました。
自殺者が歌の一節を遺書に残すことは特に珍しいことでもないですが、しかしこの歌だけは特別でした。
その歌の名は
「暗い日曜日」
ブダペストではすでにこの歌に関連した、17人の自殺者が出ていた…
そしてこの件以外にもバーでバンドがこの曲を演奏した途端、男2人がその場で拳銃自殺したのです。
14歳の少女が暗い日曜日のレコード盤を抱きしめたまま、ドナウ川で入水自殺した。
80歳の老人が暗い日曜日をかけながら、7階の窓から飛び降りた。
また、バーで飲んでいた初老の紳士が、バンドに暗い日曜日をリクエストするなり、店の外に歩いていき、自分の頭を拳銃で撃ち抜いた。
など、この曲にまつわる自殺が相次ぎ、現在までに157名のハンガリー人がこの曲に関連して亡くなったと言われています。

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