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【短編】1分でわかる未解決事件,マレーシア航空370便墜落事故

マレーシア航空370便墜落事故


2014年3月8日マレーシアのクアラルンプールと中国の北京を結ぶ定期旅客便である、マレーシア航空370便がインド洋周辺海域で消息を絶ってしまう。
この事故が発覚したことにより、マレーシア政府はイギリス、ベトナムと協力し、370便の捜索を開始するのですが、結局370便の手がかりとなるような物を一つも見つけられず、その消息は不明のままでした。
その後、約2週間後の3月24日にマレーシア政府は370便を墜落認定し、「本機に搭乗していた239名は全員死亡した」との発表をしました。

また、事故の翌年である2015年7月29日、370便のものと思われる機体の一部の残骸が発見されたため、大規模な海底調査が行われました。
ですが、事故の原因究明につながるフライトレコーダーやブラックボックス、乗客や乗務員の遺体すら見つけることはできませんでした。
そして、370便の事故調査は、2017年1月に打ち切られてしまいます。

そんなマレーシア航空370便墜落事故の不審な点をいくつか考察していきたいと思います。
不審点①

"マレーシア政府が行った370便の乗員乗客の死亡認定の速さ"

死亡認定まで事故から2週間ちょっとしか経っていないうえに、死亡認定の段階では、まだ機体の残骸は見つかっておらず、このマレーシア政府の早すぎる結論に不信感を抱く人が多く現れ、中国では遺族らによる大々的なデモがマレーシア大使館の前で行われるほどでした。

そのことを踏まえるとまるでマレーシア政府が何かを隠すために事故を迅速に収束させようとしているかのようにも思えます。

不審点②

"インド洋周辺海域で見つかった機体の残骸"

現在までに370便のものと思われる機体の残骸が多数、インド洋の周辺海域から見つかっているのですが、これらの残骸を370便の物と断定することは出来ていないそうです。
しかも、機体の大部分は未だに行方不明なため、370便が最後にレーダーで確認された、南シナ海を本当の墜落地点だと考える人も少なくないのですが、不自然なことに南シナ海での捜索は早々に打ち切られているのです。

不審点③
"370便が抱えていた問題"

実は370便は事故を起こす半年前、上海の空港で、他の旅客機との接触事故により、翼を破損するという事故を起こしています。
事故後に翼は修理され370便は運行を再開したのですが、もしこの修理が不完全な状態だったら、370便の事故は私たちが想像するよりも闇が深いかもしれません…
陰謀説と考察
370便の事故の陰謀論については、パイロット自身がハイジャックした説、ロスチャイルド陰謀説、エイリアンがハイジャックした説、消えた航空機が月で発見された説、また、今年に入ってからは、某国資産家による暗殺説など、様々ありますが、結局のところ真相は闇の中です。


【音楽の殺し屋】「ロシェフ・ゲーム」

音楽の殺し屋

ロシェフ・ゲーム


第二次世界大戦中、ユダヤ人がナチスドイツにって迫害され、多くのユダヤ人が命を落としていた時代、ユダヤ人でありバイオリンの名手だった「ロシェフ・ゲーム」はバイオリンの腕を買われ、強制収容所に送られることを免除され、なんとか迫害を免れることができていました。
ロシェフはナチス軍の親衛隊づけのバイオリン奏者として、若いナチス親衛隊に向けた演奏を定期的に行なっておりました。
しかしある時から隊員の中から以上な数の自殺者が出始めます。
他の隊員の話によると、酒場で酒を飲んでいて、突然フラフラと外へ出ていって、拳銃で自殺するとのこと。
このことについて調査したところ、ロシェフが演奏会のたびに、暗い日曜日を演奏しており、ユダヤ人迫害行為や戦争に対しまだ慣れきっていない若い兵士の精神に揺さぶりをかけ、自殺に追い込んでいたことが判明しました。
これにより、ロシェフは死刑を宣告されることになりました。
史上唯一の音楽を使った暗殺者、ロシェフ・ゲームは死の間際に
「音楽すらもユダヤの怒りだと知るがいい」
「君たちの命は僕の指先だけで操られていたということを忘れるな」
という言葉を残し死んでいったといいます。

【自殺の歌】ブダペストの悲劇

絶対聴いてはいけない自殺の歌

ブダペストの悲劇

1939年2月、ハンガリーの首都ブダペストで、ブダペスト市警が靴屋の主人であるジョセフ・ケラーの死亡現場を調査中に奇妙な遺書を発見しました。
自殺したケラーが書き残した、その走り書きの様な遺書にはとある歌の一節が引用されていました。
自殺者が歌の一節を遺書に残すことは特に珍しいことでもないですが、しかしこの歌だけは特別でした。
その歌の名は
「暗い日曜日」
ブダペストではすでにこの歌に関連した、17人の自殺者が出ていた…
そしてこの件以外にもバーでバンドがこの曲を演奏した途端、男2人がその場で拳銃自殺したのです。
14歳の少女が暗い日曜日のレコード盤を抱きしめたまま、ドナウ川で入水自殺した。
80歳の老人が暗い日曜日をかけながら、7階の窓から飛び降りた。
また、バーで飲んでいた初老の紳士が、バンドに暗い日曜日をリクエストするなり、店の外に歩いていき、自分の頭を拳銃で撃ち抜いた。
など、この曲にまつわる自殺が相次ぎ、現在までに157名のハンガリー人がこの曲に関連して亡くなったと言われています。

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